念願のハイキング
〜マウントクックへ2〜

マウントクックリリー


2009年11月2日(火)つづき

クライストチャーチの丘の上から遠く眺めて感動したあの雪を頂く南アルプスの間近へと車はどんどん近づいて参りました。バスの中から眺めたテカポ湖から マウントクックへの景色は更に感動的でした。「マウントクックへ」をクリックするとスライドショーになります。

ホテルのロビーもう殆ど大きな山に突き当たるほどの山ふところに今夜泊まるハーミテージホテルがありました。取り敢えずホテルの部屋に荷物を置き、ハイキングの準備を整えていよいよ出発です。
膝が時々痛くなる夫は参加せず、ホテルでゆっくりしても良いと思って居りましたが、なんだか張り切っております。大丈夫かしら。ガイドは頼もしい若い男性と今日が初仕事という若い女性の二人です。「大丈夫ですよ。もし途中で痛くなったら引き返せば良いですし・・」と言って下さいました。

ホテルから車で5分ほど行くと我々のハイキング(フッカーバレートラック)の出発地点であるキャンプ場です。

ハーミテージホテル振り返ると山の麓にハーミテージホテルが小さく見えました。あそこから歩いても来られそうだと思いましたが、歩いたら大変ですよ〜と言われました。

ホテルに着いてゆっくり見回す事もなく出発して参りましたが、この建物は自然に違和感の無いように注意して建てられているのだそうです。成る程、遠くから見ても少しも目立ちませんね。

1884年に最初の建物が建てられたそうす。画像をクリックするとホテルに飾ってあった当時の宿泊客の写真を見る事が出来ます。

ホテルのロビー
ここからハイキングの始まりです。お天気は申し分ありません。ガイドさんにも皆さんは本当にラッキーですと言われました。雨が降ったら一巻の終わりですものね。ガイドブックにも、年平均降水量4000ミリメートル、降水日数149日という不安定な気象のため、アオラキ・マウントクックの勇姿をはっきりと見るには、ちょっとした幸運が必要と書いてありました。ワ〜オ!
標高3754メートルのそのマウントクックの頂きが見え隠れするハイキングコースを、老若男女11名が三々五々前になり後になり歩いて行きます。 ホテルで貰ったパンフレットに依れば、マウントクックは正確には、アオラキ・マウントクックと言うそうです。
マオリ族の伝説にある、空の神の息子、アオラキと、その兄弟達がカヌーで海を渡っていたところ転覆してしまい、カヌーの上に避難した彼らに凍てつく南風が吹き付け(ここ南半球では寒いのは南風!)、兄弟達はサザンアルプスの山々へその姿を変え、長男のアオラキは一番高い山に姿を変えました。また、1850年代にイギリス人測量士のJ.L.ストークがこの山を発見し、探検家キャプテンクックに敬意を表し、マウントクックと名付けました。

マオリ族と英国の二つの文化を尊重し、ニュージーランド最高峰の名を「アオラキ・マウントクック」と名付けました。その山を中心とした地域は1953年に国立公園に指定され、1990年には世界遺産にも登録されたそうです。
亜アルパインメモリアル
キャンプ場を出発して暫くして、国立公園での犠牲者の慰霊碑、アルパインメモリアルが見えて参りました。そこからは真っ白に雪を被ったアオラキ・マウントクックの頂上が綺麗に見えて居りました。

ケルン積む慰霊碑の彼方遙かなるアオラキマウントクック輝く



   

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